Dirt Bike

トレールバイク/オフロードバイクとも呼ばれていましたが、2ストロークエンジン車の場合その正体は、レーサーであるモトクロッサーのエンジンをより低速トルクの厚いものに替えオイルポンプとライト、ウインカー、ナンバー等の保安部品を装着した、かなりレーサー度の高い乗り物です。100km/h以下ではその加速の鋭さ、コーナーのダイレクト感は車とは比べ物になりません。それもそのはずエンジンはリッター辺り160PS位は出ていて、サスやステアリング周りは全てボールベアリングを使ってダイレクトマウント。車のようなゴムブッシュはほとんどなく、保安部品以外は走るために必要なもの以外はヒーターもカーステも一切ついていません。まさに機能美の塊です。その走破性たるや只者ではなく、テクさえあれば何mものジャンプや、崖のような急坂や階段の上り下りも可能です。
HONDA '93CRM250R (MD24)             2スト重戦車
今現在、友人から借用中のHONDA'93CRM250に乗っています。

このバイクエンジンは低速はよく粘り、ぶん回せば40PSもあって最高なのですが、何分車体が重くて今ひとつ振りまわせないでいます。

またキャブを分解清掃しても、冬場は100回くらいキックしないとエンジンがかからないという持病持ちです。これについては、関係あるかどうかわかりませんが、とりあえず傷ついてるフロートバルブをオーダー中です。

フロートバルブ、ピストン、ピストンリング、シリンダーガスケットを交換してからは、5〜6回のキックでエンジンがかかる普通のバイクになりました。メデタシメデタシ!
YAMAHA '92DT200WR (3XP)         The Best Dirt Bike ever!!
これが私にとってのBest BikeであるYAMAHA ‘92DT200WRです。このショットは92/8/8に慣らしで山梨県の真木小金沢林道へ向かう途中の松姫峠で撮ったものです。

このバイクのすごいところはモトクロッサー(レーサー)であるYZ125のフレームとサスに200ccのトレールマシーン(公道用)のエンジンを搭載して、乗りやすさと高性能を両立させたことです。

とにかく足回りは文句のつけようがなく、私レベルのジャンプやウォッシュボードではサスペンションに何の不満もなく、セッティングで全てカバーできました。ダンパーは前後とも圧側/伸側を独立して調整出来、林道からコースまで幅広く対応できました。

しかも高性能なだけでなくヤマハらしくセンス良いかっこいいデザインは他社の追従を許さないと今でも思います。車と違って大幅なModifyの必要は感じず、スプロケットとタイヤを替えた以外はほぼノーマルで乗っていました。

右のショットは92/8/15に富士登山の後、静岡県の表富士5合目で撮ったものです。私は富士山が大好きで、当時は毎年夏に登っていました。

このWRでは林道、草レース(エンデューロ)、渋滞路へのお出かけ等、フルに活用してました。特に林道と河原のMXコースは大好きで、冬以外は毎週のように出かけていたものです。

北海道、屈斜路湖を望む津別峠と、利尻富士と夕日

北海道、宇登呂付近の夕日、'93/9/2

 奥多摩山中にて、林道ラストラン    '94/11/12

左は私とWRの最後のショットです。'94/11/12に、このかけがえのない相棒をUSA赴任のために仕方なく二束三文で売ったのでした。後悔してます。5年間バイクを寝かせておいたら、確実にオイルシール類は腐るでしょうが、とっておいてレストアすれば良かったです。当時バイクは年々進歩していて、5年後にはもっといいバイクが出るだろうと思っていたのが間違いでした。まさか2ストバイクがなくなるとは思っても見ませんでした。

程度の良い’92WRの青があったら是非また買い直したいと思っています。でもひそかにWR250Fの公道バージョンの発売も願ってます。YAMAHAさんお願い!

 
YAMAHA DT200R (3ET)            The Handling Machine !
‘92DT200WRの前に乗っていたのが、このDT200Rです。このバイクはハンドリングがとても素直で、フラット気味のダートではヒラリヒラリと軽快によく曲がりました。またフロントが軽くてウイリーがし易く、勢い余って時々めくれたりしたものです。←後ろにひっくりかえること。

左のショットはよく行ってた奥多摩の鋸山林道の峠で'92/4/26に撮ったものです。

このライトブルーはヤマハの輸出用エンデューロマシンのカラーリングでITカラーと呼ばれています。このライトブルーと黄色のコントラストがヤマハならではのセンスを感じさせてくれます。

とにかくこのバイクはハンドリングがピカイチだったため、サンドでもアクセルさえ開けていれば、好きなラインを本当に気持ち良く走ることが出来ました。このサンドでのショットは92年の冬に大磯海岸で撮ったものです。よく丹沢の雪混じりの林道を越えては、大磯に行ったものでした。

この頃はとにかくバイクに乗るのが楽しくてしょうがなくて、丹沢や奥多摩、秩父、時には箱根や伊豆の林道にも繰り出したものでした。林道に行かないときは、相模川のMXコースを走ってました。

このバイクは上野のバイク街で極上の中古車を安く買えたので、ラッキーでしたね。それまで乗ってた旧型のDT200Rであるボロボロの37Fも下取りしてもらえたし。でももうそのバイク屋がどこにあったか覚えていないんです。

あとみなさんは必ずヘルメットを被ってくださいね。当時の私は、最も危険な場所である公道においては必ずヘルメットを被っていたのですが、若かったのかこの手の走りの写真はノーヘルが多いです。ちなみに今の私は自転車(MTB)に乗るときでさえ必ずヘルメットを被っています。

ところでフロントの軽かった3ETは、クラッチ操作なしで楽にフロントが上がりました。

そのフロントの軽さが軽快なハンドリングを生んでいたのですが、高速での安定性やギャップの走破性は今一つでした。(これは主に、サスの吸収性とフレームの剛性の低さのためだけど)実はフロントのサスセッティングの方向性を間違えていて、フォークオイルに固いのを入れすぎていたせいもあったのですが、ガレ場にも弱く、MXコースで乗らせてもらったDT200WRの走破性の高さに素直に驚き、同じウデなら絶対WRには勝てないなと思いました。

それが大好きだったにもかかわらず、3ETからWRに乗り換えた理由です。また当時出場した女神湖スカイエンデューロのガレ場で思うように走れなかったこともきっかけとなりました。

上のウイリーと右の雪の林道は丹沢で'92/3/7に撮ったものです。当時のバイク仲間は偶然にもDT200R X2、KDX200R X2で、林道からMXコース、エンデューロ参戦と毎週のようにバイクに乗りに行ってました。今はみなバイクを降りてしまったと聞いてます。(実は全然連絡してない)

バイクを操る楽しみは、スノーボードに通じるものがあり、車とはまた違うものだと考えています。

自分の肉体剥き出しで、体のバランスで乗るバイクやボードは、なんて言うか、車がどちらかといえば操作するという感覚なのに比べ、マシンと一体となって全身で乗る!という感覚なのです。バイク乗りには分ってもらえると思うのですが。でも車もバイクも別の乗り物としてどっちも大好きなんですけどね。

左のショットは'92/5/4に松姫峠から伸びる林道で撮ったものです。バックは富士山です。(見えないけど)大好きな林道の一つです。